乳腺専門医の注目する2年に1回のザンクトガレン乳癌学会議は今年2月にオーストリアのウィーンで開催されました。今回は画期的な臨床試験の成果や革新的診療の変化などは見られず、足踏み状態といえるようです。しかしその背後では大きな変化のうねりが垣間見え、嵐の前の静けさといったところでしょうか。
一番大きな乳がん診療の流れとしては遺伝子診断があげられるでしょう。乳がん個々のバイオロジーを判断するのに従来は病理学的手法が用いられていました。それが今や欧米では遺伝子解析が主流になりつつあります。日本はそれが例外的な遺伝子解析後進国であるというのが現状です。オーダーメイド治療という言葉が流布して久しいですが、乳がん診療における遺伝子診断は多遺伝子解析から全遺伝子解析の方向に進んでおり近い将来真の意味での個別医療が実現すると思われます。その実現が乳がん診療の新たな夜明けならば、今は夜明け前の薄明りの状態といえるかもしれません。
各論的にはいくつかの変化が確認されました。局所治療における手術の役割はさらに小さくなり、放射線治療の比率が増してきています。乳房全摘から温存術へ、さらにセンチネルリンパ節生検が主流となり、今やセンチネルリンパ節転移陽性でも腋窩郭清省略の方向が模索されています。放射線療法が手術縮小の補完をするという流れがあります。その放射線治療においても照射総量は同じで回数を減らす方法がメインになりつつあるようです。長期予後の観点から放射線治療の重要性が再認識されつつあります。全身療法において化学療法ではそれほどインパクトを持った結果は示されませんでした。内分泌療法はより長期化の傾向にあるようです。ただ個々の状況に応じた細かな使い分けが必要です。
まだそれほど目覚ましい成果は上げていないものの、今後大躍進が期待されるのは分子標的薬です。乳がんの遺伝子解析が進むにつれ、そのメカニズムに則って薬をデザインすることができるようになるでしょう。他領域のがんでは画期的な効果をあらわす薬も出てきています。さらに今はまだまだ未知数ですが非常に注目されているのががん免疫療法です。分子生物学の進歩により人の免疫のメカニズムにも新たな知見が集積されてきています。それをコントロールすることによりがんを治療するというのはまさに画期的手法と言えます。
バイオの進歩が一刻も早く乳がん診療の新たな夜明けをもたらしてくれることを願ってやみません。
著者 院長・医学博士 先田功
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