2年に1回、スイスの世界遺産都市ザンクトガレンで乳癌学会が開催されます。毎年アメリカのサンアントニオで開かれる乳癌学会と双璧をなす世界的に代表的な乳癌学会です。一般的にサンアントニオはエビデンス(科学的根拠)が最も重視され、積極的診療が好まれます。それに対しザンクトガレンはコンセンサス(合意)に重きが置かれ、穏当な診療が選ばれる傾向にあるといえます。
今年はザンクトガレン乳癌学会の開催年でした。基本的なところでは昨年暮れに示されたサンアントニオの診療方針は継承されています。大規模臨床試験の結果が最優先されることは言うまでもありません。ただすべての乳がん診療に対して大規模臨床試験が実施され答えが出るわけではありません。病気自体の性質の違いや患者さんの背景、医療側の条件など乳がんを取り巻く環境は千差万別です。ザンクトガレンでは世界選りすぐりの乳がん診療専門家が一堂に会し、様々な状況の乳がん診療に対してボーティング(投票)が行われます。すべての状況で投票結果が100%になることはありません。問題によっては半々に意見が分かれたり、3分したりすることもあります。この結果をもとにザンクトガレン乳癌学会が推奨する乳がん診療ガイドラインが採択されます。日本の乳腺専門医はザンクトガレンとサンアントニオおよび日本乳癌学会のガイドラインをもとに日常診療を行っています。したがってザンクトガレン乳癌学会後は日本各地で速報会、勉強会、研究会が催され周知徹底が図られます。
今回のザンクトガレンでの一番のトピックは遺伝子特徴による治療法の選択です。ただアメリカと大きく態度が異なるのは、現在のところ遺伝子解析は高価でまだまだ一般的でない点を踏まえその代替案を取らざるを得ないという点です。いずれ詳細な遺伝子解析が廉価で簡便に行われるようになればそれに則って診療が行われるべきであることに異論はありません。アメリカが最先端で理想的診療を目指すのに対して、ヨーロッパでは実際的で妥当な診療態度をとるという点で従来の態度が踏襲されたのではないかと思われます。
いずれにせよ、ここ数年乳がん診療を取り巻く環境は大きな変革期を迎えています。一言で表現するなら乳がん診療の個別化が進んでいます。患者さん一人一人に合った最適の診療が目標です。目指すゴールは近いのではないかと期待の膨らむ今日この頃です。
著者 院長・医学博士 先田功
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