乳がんの乳房全摘術後に使用する装具として人工乳房というものがあります。簡易なものから非常に精巧なものまでさまざまありますが、喪失した乳房を補うものです。
乳がんに対する手術としては20世紀初頭より100年近く乳房全摘術が基本でした。
1980年代ごろより欧米で乳房温存術が開発されました。日本でも1990年ごろより取り入れられはじめ21世紀に入って温存率は上昇し、乳がん全体の手術の7割近くを占めるまでになりました。しかし近年その温存率は頭打ちとなっています。病変を完全に切除するためにはどうしても乳房全摘を必要とするものがある一定の割合であるからです。
そうした例に対して、最近は乳房形成術が積極的に行われるようになりました。
国も乳房再建術に対する保険適応を広げるなどの支援を積極的に行っています。
それでも様々な理由で乳房再建がかなわない場合があります。そのような時に乳房喪失を補う方法の一つとして人工乳房が注目されています。
がんで胃や大腸を切除した場合、とりっぱなしのままでは人間は生きてゆけません。
そこで必ず食べ物の通り道を確保するために再建術が行われます。
乳房は取りっぱなしでも命にかかわらないため、必ず再建されるというわけではありません。
命にかかわらないとはいうものの、女性にとって乳房喪失のショックははかりしれません。また実生活の中でも体のバランスや着衣でも外見の問題があります。そのため患者さんは自ら詰め物をするなどの工夫をされてきました。また補正下着や水着なども市販されています。
乳房は基本的に人目にさらすものではありませんからそれで十分と考える人もいるでしょう。しかし日本女性特有の悩みとして、温泉や銭湯に行けないというものがあります。そうした悩みを解決する一助として人工乳房があります。
レディメイドの簡易なものから、オーダーメイドの非常に精緻なものまで様々な選択肢があります。
人工乳房装着により気分が少しでも前向きになれば、その後の人生が大いに違ってきます。今や乳がんは適切に治療をすれば成績は良好です。
命と引き換えに乳房を失っても仕方がないという時代ではありません。乳がん術後の生活の質を保つことはとても大事です。
現在、人工乳房は保険適応ではありませんが、そういう意味から治療の一環としての人工乳房が認知されることが必要ではないかと思われます。
著者 院長・医学博士 先田功
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